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出産の記録 ~産後の入院生活~ [妊娠&出産]


通常なら産後5日ほどで退院になるのですが、
帝王切開の場合は少し長くなります。
私は産後7日目の退院になりました。
それではまたまた長くなった入院生活の記録です。

 

Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж 


 

9月26日(火) (生後0日目)

午後10時23分の赤ちゃんの誕生後、私はチクチクと縫合されていて、
手術が終わったのが午後11時前だったかな?
もう生まれてからは、あまり記憶がありません
縫われている間、痛いことはなかったけど、何を考えていたかも覚えてない。
きっと赤ちゃんが生まれてきてくれた感動でボーッとしてたんだと思います。

 

縫合が終わって、自分の病室に帰るんですが、
ここからは『救命○○24時』みたいな感じでドラマのようでした。

 

数人がシーツ(?)を持って、「せーのっ!」 と、私を手術台からストレッチャーに移します。
分娩室から廊下に出ると、母とmiyukiさんが駆け寄ってくるのが見えました。
でもストレッチャーは止まらずそのまま病室へ。
また両方からシーツを持って、今度はストレッチャーから病室のベッドへと私を移してくれます。
「うわー、ドラマみたい!」 と心の中で連発する私。

 

足にはむくみ防止の加圧器のようなものが取り付けられ、
定期的に圧をかけたり抜いたりしています。
手術後だからでしょうか?何も予備知識がないのでされるがままです(笑)
(後で知ったことですが、足に血種などができないように器具で足マッサージをしばらく行うそうです。)

母、miyukiさんと、赤ちゃんの様子や生まれてきた感動を話し合っていたら、
助産師さんが赤ちゃんを連れてやって来てくれました。

そうそう、出産ですっかり忘れていましたが、
産んですぐおっぱいをあげるというバースプラン があったのでした。

 

9月27日(水) (生後1日目)

午前0時 初授乳です。
私は寝たきりで起きられないので、
助産師さんに助けてもらって、両方のおっぱいをあげることが出来ました。
まだ飲めるほどは出てないけど、
それでも一生懸命吸ってる姿がとても愛おしかったです

その後、横に寝かせてもらって、30分だけでしたが同室しました。
赤ちゃんはずっと泣いてて、口に指を入れるとそれもチュパチュパ吸ってました。
私はというと、部屋に帰ってきてからもまだ寒くて、
布団をしっかりかけ、タオルもかけてもらいました。麻酔のせいなんでしょうか?

 

あと、 

「水分を摂らないように。」

と言われました。
ひえぇぇぇーヽ(´Д`;)ノ   術後だから??
分娩室に入ってから一滴も飲んでないんですけど?
陣痛に耐えて、深呼吸いっぱいして喉も口の中もカラカラなんですけど?
ダメと言われると余計に欲しくなるものですが、何もわからないことなので守りました。

 

赤ちゃんが帰って行った後(ナースステーションで預かってくれます)、
が痛み出します。
足にはまだ麻酔が効いているようで、しびれた感覚なんだけど、
おなかの辺りはもう麻酔が切れてきだしたのか、痛くなってきました。
痛み止めを出してもらって、すぐ効くとのことだったのに、
全然効かない!!

 

この時点で午前2時
赤ちゃんも部屋に居ないし、ゆーっくり休もうと思っていたのに、寝れない。
足の加圧器の振動が傷に響くような気がして、外してもらいました。
「むくまないようにたまに足首動かしてね。」 と言って去っていく助産師さん。
痛み止めはいつ効くの??(;><;)
機械の振動がなくなって少しはましになりましたが、それでも寝られる状態じゃない!!
「痛い、痛い。」 と寝られないまま、朝を迎えました。
miyukiさんも疲れてるのに、朝まで付き合ってくれました。

 

薬の間隔が空くのを待って、午前中に2回目の痛み止め。
何でこんなに効かないの?もっとガツンと効くのはないのか?
と痛みのことばかり考えていました。
手術で切って、縫ってるし、麻酔は切れてるしでこれくらい痛いのは当然なんでしょうね。

ご飯ですが、術後と言うこともあって、流動食からのスタートでした。
メニューはおかゆとお味噌汁。
すくってもすくってもご飯粒ひとつ見当たらないおかゆと、
すくってもすくっても味噌しか沸いてこないお味噌汁でした。
こんなおかゆを食べたのはもちろん初めて。
ご飯がおいしい病院なのに、損した気分でした。

 

お部屋に赤ちゃんがやってきました。
私はまだ起き上がることも出来ないので、誰かに抱っこされたり、
横に連れてきてくれないと、こんなガラス越しにしか赤ちゃんを見ることができません。
同室中は泣けば、miyukiさんが抱っこしたり、おむつを換えたりしてくれていました。
私より生まれたての赤ちゃんの方が元気でした。
ママ、早く元気になって赤ちゃんのお世話しなきゃね。

 

この日の授乳 : 午前0時、午後4時、7時

私はまだ寝たきりなので赤ちゃんは預かってもらって、
痛み止めを飲んで、なんとか就寝。

 

9月28日(木) (生後2日目)

午前中に貧血検査
手術時の出血は、羊水込みで1240ml。
手術なので、通常分娩よりも出血が多かったようで、造血剤を投与。

この日の授乳 : 午前8時30分、11時30分、午後3時30分、7時40分、9時

おっぱいはしみ出るほどしか出てないし、回数も少ないし、足りてないだろうな、と言うか、
どんな風に飲んでるのか、どれくらい飲んでるのか知りたくて、

「預かってもらってる時はミルクどれくらい飲んでますか?」って聞いたら、

 

 

 

「ミルクはあげてないよ。


 

って Σ(・Д・ノ)ノ !!!

ミルクをあげると 、楽に飲めて、おいしい味を覚えてしまうから、
あげないのだそう。
代わりに砂糖分5%の砂糖水を40ccほど与えていると聞きました!!
さ、さとうすい?!

砂糖水+わずかなおっぱいだけで大丈夫なの??
そんなことなら、ママもっと頻繁にがんばっておっぱいあげないとね!!

 

そう言えば、バースプランで『完全母乳』と書いたこともすっかり忘れていました。
産院は母乳育児に力を入れているところだったので
その強力なサポートもあって、manoは今までミルクを口にしたことがありません。
母乳と砂糖水だけ。

自分で希望しておいてなんですが、病院のサポートが無いと
なかなか難しいことなのかもしれません。

 

私の状態ですが、尿のカテーテルを抜きました。
これからは自力でトイレに行かないといけません。

これまで術後は安静にって言われていたそうですが、
最近では「早期離床」と言って、なるべく早く動いた方が治りがいいようです。

と言うことで私もがんばって動こうと、さっそくトイレへ。


・・・・・・・・・・・・・

あ、あれ?どうやって起き上がるんだっけ?
おなかの傷が気になって(動くと痛くて)起き上がれない。
トイレに行こうとして、miyukiさんに補助してもらって、
たどり着くまでに(部屋にトイレがついてます)、20分はかかってました!!
看護師さんに、「トイレに行きたい時は早めに言ってね。」と言われた意味がわかりました。

おなかを切っただけで、こうも動けないものとは知りませんでした。
ベッドから起き上がるのも一苦労。
歩く姿は90度腰の曲がったお婆ちゃんのよう。

予習好きの私は、
【産後1日目からベッドの上で始める体操】 なるものも用意しておいたのに、
それどころじゃない

 

「日にち薬だから、退院の日にはみんなちゃんと歩いて帰れてるからね。」
と言われても到底信じられない。

でも、やっと起きられるようになって、赤ちゃんのお世話が出来ます。
たしか、初めて赤ちゃんのおむつを換えました。

この日も痛み止めを飲んで就寝。

 

9月29日(金) (生後3日目)

3日目にしてようやくおっぱいが張りだしました。
そしてまだ痛み止めに頼ってます。

でもようやく一人で歩けだしたのでずっと気になっていた体重を計りに行きました。
妊娠中に 7.4kg 増えた体重。
赤ちゃんなどもろもろが出て、産後3日で出産直前より 5.6kg 減っていました。
mano3700g出血量(羊水込)1240g
4940g     ・・・なので、
胎盤などがどこに含まれるか不明ですが、流動食とすこーしのおっぱいでさらに減ったようです。
当初の目標通り+5kgで抑えれていれば出産と同時に元の体重に戻れていたのに・・・。

 

 ランチ♪

miyukiさんはこんなに美味しそうなランチを食べているのに、私はおかゆ。
それでもやっと流動食が終わり、ご飯粒があるだけありがたい。

miyukiさんが出生届に記入して市役所に出しに行ってくれました。

赤ちゃんは小児科の先生に健診をしてもらいました。
結果は全て異常なし。

 

9月30日(土) (生後4日目)

更に昨日より胸が張ってきました。
朝ベッドからは比較的すんなりと起きれるようになりました。
それよりも胸の方が痛いかも!
切った傷より痛いって・・・。

昼前に張りがピークになり、そんな時に業者さんからの調乳指導。(ミルクの説明)
おっぱいで育てるために苦労して、張って、痛い思いしてるのに、
正直聞く気になりませんでした。
と言うより、胸が痛くて痛くて話半分でした。
でもしっかりお土産(粉ミルク缶など)貰いました。未だに開けてないけど。

張りは一日は続くかと思っていたけど、赤ちゃんに飲んでもらうたびに、
楽になっていき、夜にはカチカチだった胸も気にならなくなっていました。

そしてやっとシャワー解禁

はい、陣痛中の汗だくのまま、この3日お風呂禁止でした。バッチィー(・ё・)
(※ あ、看護師さんが拭いてくれてましたよ。)

そしてドクターが傷を見に来ました。
シャワーの時はガーゼをしたまま入ってるので、
私も傷を見るのは初めてでした。miyukiさんと一緒にジーー。(  )(  )
大量のテープに隠れて傷の全貌は見えず。
特にキャー Σ(゚д゚lll)とか、うわぁ(;´Д`)と言う感想はなかったです。

自分の思ってたより傷は小さかったです。
私の想像では、赤ちゃんの全体が見えるくらい
胸の辺りまでざっくり切って取り出した感じがあったので(笑)
実際は10cm弱、赤ちゃんの頭の一部が見えるくらいしか切ってなくて、
吸引で取り出したらしいです。知らなかった。

 

そしてお楽しみの 『アロママッサージ』 のサービスがありました。
お風呂に入れてなかったので、フェイシャルのコースにしようかなと思っていたけど、
助産師さんに
「上半身コース(背中・デコルテ・肩)がおっぱいにいいよー。」と言われて
すかさず変更。
ああ、母になるって、子供優先第一なのね・・・。
ほんとはうつ伏せで行うんだけど、おなかが痛くて出来ないので、仰向けで。
でもとーっても気持ちよくてリラックスできました。

 

赤ちゃんは血液検査難聴の検査を受けました。

耳の検査は、新生児なので正確でないこともあるけれど、安心のために受けました。
  結果、pass(異常なし)でした。

血液検査では、黄疸や先天性代謝異常、血液型を調べます。

 ●黄疸は一度も引っかかることなくクリア。
 ●先天性代謝異常は後日再検査で呼び出されましたが、
  再検査では異常なしの結果が出ました。
 ●血液型は私と同じB型でした。
  (新生児では正確に判定されないことがまれにあるので、1歳以降の再検査を
  お勧めします。との事。)

それをmiyukiさんに伝えると 「えっっ?」 と、聞きなおされました (。・x・)ゝ 
なんとなく、miyukiさんと同じA型カナ?と思っていたので、二人ともちょっとがっくり。
B型って、自分でもわかってるし、世間的にもあまり高評価(?)をいただけないので、
きれい好きで、誠実でまじめなA型がいいなぁって思ってたのです。

 

今日からやっと夜も母子同室を始めました。

まだまだ起き上がるのも座るのもすんなりとはいかないけど、
やっと赤ちゃんのお世話が出来るようになって、なかなか楽しかったです。
夜は数回の授乳がありましたが、妊娠中から夜中数回トイレに行っていたので、
逆に私のほうが先に起きるくらい。辛くはありませんでした。

 

10月1日(日) (生後5日目)

実はこの日は弟の結婚式
miyukiさんは出席するため、私一人でお留守番(入院中)です。
出る気でいたんですが、とても出られる体じゃないのが残念。

でもとっても楽しそうにケーキカットしている写真を見て安心しました。
幸せになれよ。

 

痛み止めの薬も朝に一錠飲んだだけで済むようになりました。

食事中とシャワーの間は赤ちゃんを預かってもらうんだけど、
数時間離れているだけなのに早く会いたくなっちゃいます。
この日も赤ちゃんと一緒に就寝。

 

10月2日(月) (生後6日目)

午前中に沐浴指導がありました。
miyukiさんがチャレンジ。

お人形で練習はしてたけど、実際のベビーは泣くし動くし、大変そうでした。

 

ドクターの内診。
おなかの傷をギューっとつまむように押されたけど、
痛くない!
じゃあこのおなかの痛みは?表面は治ってきたけど、
中がまだなのかな?

そして、入院中ずっといてくれたパパが大阪に帰っていきました。
1ヶ月のお別れです。


 

10月3日(火) (生後7日目)

退院。
ランチを食べて、午後に退院しました。


暖かい日でしたが、用意していたベビードレスは半袖。
ひらひらレースを口に持っていくし、ちょっと失敗だったかな。。。

 

☆--★:☆:★--★☆★--☆☆--★☆--★:☆:★--

 

深夜、授乳や泣き止まなくて困った時、ナースステーションにはプロがいて、
何時だろうと助けてくれました。
ここに行けさえすれば、何とかなる、助けてくれる。
そんな心のよりどころがある産院からの退院はとても心細く感じました。
それだけ、この産院は快適でした。

入院中、赤ちゃんも私も、この産院のスタッフに育ててもらった感じです。
とても快適なお産と入院生活がおくれて、二人目もココだな~
(ノ´∀`*)
なんて早々と考えています。

身の回りのお世話、設備、おっぱい指導、どれをとっても
よい産院とめぐりあえてよかったです。

 

゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜

 


長々と最後まで読んでいただいてありがとうございました(≧∇≦)b
おつかれさまでした(´▽`)

 

 


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出産の記録 ~分娩室から誕生まで~ [妊娠&出産]

第3弾。   第1弾第2弾はこちら

お待たせしました。やっと思い出すことが出来ました

いよいよ赤ちゃんとご対面の時がやってきます。

 

Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・Ж

 

9月26日(火)

午後9時

陣痛の合間を待って、分娩室へ移動。
「自分で移動できる?」と言われた時は陣痛のピーク時。
絶対無理!と言いたいところ だけどしゃべるのもしんどくて首を振る私。
陣痛室のベッドは分娩台にもなるものだったので、
「ベッドのまま移動してよ。このベッドで産むよ。」と思うも口にはできず、
ピークを越えたので、無言のままさっさとベッドを降りて移動。

この痛さの中、意外と早く歩けます。
と言うより次の山がきたら倒れちゃうんじゃないか、
二度と立ち上がれないんじゃないかと思って、急いでました。

 

午後9時~

陣痛が来る度にいきみます。
波という波はなく、山を越えて深呼吸を2回もすればもう次の陣痛が始まります。
いきむ時は

予習③
【目をつむらず、おなかを覗き込むようにする】

と言う知識のもと、いきみました。

力を入れる方向が少し違ったみたいで、
助産師さんに注意され、いきみ中に修正修正。
「よーし、次は間違えずに上手にいきもー。」って合間に考える余裕もあったけど、
どれくらいいきんだかは不明。
4、5回のような気もするし、10回以上だったのかも。

 

助産師さんが、「旦那さんに入ってもらう?」と聞いてきました。
立会い出産希望 だったので。
miyukiさんは分娩室の外で、緑の医療用のエプロン(?)を着て待っていました。

 

私、 「まだいい。」 と言ってました。 ・・・なぜかって?

 

予習④
【赤ちゃんが降りてくると、痛みは腰からおしりの方へと下がってくる。】

 

まだガンガンにが痛かった私。
直感で、まだ降りてきてないから、まだまだかかるかなと思いました。
あんまり早くから立ち会ってもらって、何時間もかかると申し訳ないし(今更・・・)
赤ちゃんの頭が見えてきだしたら入ってきてもらおうと思ったのです。

あんなに立会いを希望していたのに、
陣痛の痛みに襲われて、肝が据わったのかもしれません。
いきみ出したら誰の助けも受けられない、
自分ひとりで苦しんで赤ちゃんを生み出すしかないんだ、と。

実際は汗を拭いたり励ましたり、色々してくれるんだろうけど、
陣痛室で頑張ってくれた分、今度は私が頑張って早く会わせてあげなきゃと思ってました。


 

午後9時30分  

 

「赤ちゃんが下がってきてないし、

    心拍も弱くなったりしてるから、

         帝王切開と平行で進めていこう。」

 

と先生に言われます。

 

「はい。」

 

と返事はするものの「テイオウセッカイ??」なワタシ。
私はまだまだ元気で、体力もあるからまだいきめるし、
赤ちゃんが元気じゃなくなるとは思えなかった。

全く手術のことは考えたこともなかったし、
この時点でも下から産むものだと思っていました。

 

午後9時40分 

帝王切開決定

あっという間の決定でした。
決定を言い渡されてもまだいきんでる私。

助産師さんもいっぱいお手伝いしてくれました。
まずは手を入れて骨盤を広げて(たぶん)くれる。
これはかなり痛くて「痛っ!何してるの?!」って
思わず言葉に出ちゃったけど、「お手伝いしてるんよ。」と言われ、耐える。

このとき初めて、痛さに対して

 

「もう無理!!」

「切って出してー!!」   って思いました。

 

一度は誰もが思うことかな??
きっと赤ちゃんが出てくる時は骨が広がってこれぐらい痛いのかな・・・
なんて頭の中はけっこう冷静だったんだけど、
この痛さから逃れるには赤ちゃんを産むしかないんだって思いました。

次は私のおなかをぎゅうぎゅう押す押す。
これも痛かったし、そんなので出るのかなって思ったけど、もうお任せするしかない。

最後は先生に吸引をお願いしてくれていたけど、
先生の意志は固かったようで、迷わず却下。
吸引も無理なくらい下がってきてなかったみたいです。

それでもまだ手術への不安とかはわいてこなくて人事な感じ。
手術の用意が整うまでに頑張っていきんで、
「あ!頭が見えてるね!!」みたいな状況になるんじゃないかといきむ気満々な私。

 

そのうち助産師さんも手術の準備に入っていき、私はひとりっきり。

あーついに手術なんだ。 

と、ここでやっと隣にある手術台を眺める。

 

助産師さんが、「旦那さんが立ち会って写真撮ったり
へその緒切ったり出来ないけど、私が写真撮っておくから。」
と言ってくれました。

私のバースプランを覚えてくれていたみたいです。
手術だし、しょうがないよね。

でもこの期に及んで質問してみました。

「カンガルーケアは出来ますか?」

「無理やね。」

あっさり却下。手術だし、しょうがないよね。(しつこい。)

通常出産が出来ないことも残念だけど、
それよりもバースプランへのこだわりが強かったみたいで、
そちらの方への未練がありました。

 

出産は手術に切り替わって、私の気持ちも切り替わったけど、切り替わらないものがひとつ。

それは・・・        陣痛

 

一度始まった陣痛は赤ちゃんが生まれるまで否応なしに襲ってきます
陣痛の痛さはいきむと和らぐのでそれからも休まずいきみ、
赤ちゃんに酸素も送らなきゃいけないから、
心拍が下がらないように合間に必死で深呼吸してました。

周りにはたくさんの人がいるのに、みんなは手術に向かって進んでて、
私ひとり取り残されたと言うか、ほっておかれたと言うか
無駄な努力してる気がして、この間が一番辛かったな。

 


緊急に手術に切り替わっただけあって、みんな準備にバタバタとしてて、
呼び出された先生とかがバタバタと病院に駆けつけていたようです。

中でも私が待って待って待ちわびた人!

 

麻酔の先生!

 

名前も顔も知らないけど「早く走ってこーい!!」って心の中で叫んでました。
手術になったから、この陣痛から逃れるには彼の麻酔しかないのです。

 

先生にサイン(手術の同意書カナ?)を求められた時も運悪く陣痛のピーク時
先生を無視する形でいきみ、山を越えたら、先生から書類とペンを奪い取る。
超キタナイ字でサインを済ませ、その書類は外で待っているmiyukiさんの元へ。
彼もサインしたそうです。

結局miyukiさんはエプロンを着けたものの、分娩室には入らずじまい。
こんなことなら初めから入ってもらってればよかった。
彼は分娩室に呼ばれるのを待ち、
帝王切開決定で手術への不安が駆け巡り、
エプロンを脱ぐのも忘れて外で待ってくれていました。
看護師さんに言われて、やっとエプロンを脱いだ彼。心配かけたね。

 

午後10時 

手術台へ移動
助産師さんに支えられながらも、自力で歩けました。
分娩台に移動する時と同様、ピーク時は無理なので、
超えるのを待って、さっさと移動。

そのせいで点滴が外れ片腕は血まみれ。
普通の状態でそんなことになったら(考えただけで恐ろしいので
そんなことには絶対ならないようにするけど)てんぱってしまうけど、さすが陣痛。
「あ、そう。」くらいにしか思わなかったから不思議。

台に横になってからも、何本か採血されたり点滴の針入れられたりしたけど、
どれも陣痛の痛さにはかなわなかった。

陣痛のピークがきたら助産師さんが腰を押してくれてたけど、
麻酔するために背中を消毒してからは、「腰押して。」ってお願いしても、
「ごめんねー。もう消毒したから押してあげられないの。」って言われて、
その何回かの陣痛に耐えたのが最大の山場でした。

 

麻酔の注射されたのも気づかないくらい陣痛に耐えてたら
足のつま先の方からしびれる感じがしてきて、
いつの間にか陣痛は消え去っていました。

産んだ瞬間に痛みは消えるって言うけど、こんな感じかな?
さっきまでの地獄絵図(?!)のような痛みのことなんかすっかり忘れるくらい
何の痛みもない!
今ある感覚は、つま先から感じ始めたしびれが
膝、太もも、おなか、胃の辺りまで順番に上がってきてることだけ。

手術も麻酔も点滴さえも初体験の私。
そのしびれが麻酔だと気づいたのは、麻酔の先生に声をかけられてからのことです。

 

午後10時8分

麻酔の先生が麻酔の効きを確認するために、
何か冷たいもので私のおなかの辺りをさわりながら、


麻酔医 : 「これは冷たいよね?」

りんご : 「はい。」

麻酔医 : 「じゃあここは?」

りんご : 「冷たい。」

この会話が十数回繰り返されます。

 

陣痛の痛みから逃れられた私に次は
「切られる!」 と言う恐怖がわいてきます。
そのため、しっかり麻酔に効いてもらわないといけないので
必要以上に「まだ効いてない!!」を主張してました。(麻酔の先生ごめん。)

でもそのうち本当に何も感じなくなります。
実際は何か触られてるような気がするけど、
何で触られてるのか、熱いのか冷たいのかがわからなくなります。

ようやく麻酔がかかり麻酔の先生が私の頭元にスタンバイします。
その頃から全身に寒さを感じだします。(と言っても麻酔が効いているので胸から上ですが。)
歯はガタガタ。体はブルブル。
「寒い寒い・・・」と訴えると周りの人がタオルを肩にかけてくれました。
それでもずっと寒かった。

 

午後10時13分

私の周りにたくさんの人が集まってきました。
あれ?もう手術始まってるの?お決まりのあのセリフは??
と思っていたら聞こえてきました。

「よろしくお願いします。」

ドラマのように先生がそう言うと、みんなが口々に後に続きます。

 

緊張!!

ついに切られるよーー!体に力を入れて身構えてみる。(何の意味もないけど。)
でも何の痛みも触られてる感じもなく手術は始まりました。あたりまえか・・・。

横の壁に掛かっている時計は午後10時15分少し前でした。
日をまたぐのかと思っていましたが、今日中に赤ちゃんに会えます。

 

 

しばらくすると、頭元に居てくれている麻酔の先生が教えてくれました。

「もうすぐ赤ちゃん出てくるよ。
おなかが少し押される感じがするけど大丈夫だからね。」

 

うわーいよいよだ。でも、押される感じ?痛くないかな?と思っていたら、

その瞬間はやってきました。

 

押されるというより、引き剥がされる感じ。

凹凸でぴったりとくっついているものをはがしていかれる感じでした。

実際はへその緒でしか繋がってないけど、

赤ちゃんの体全体が、私のおなかと凹凸でぴったりとくっついていて、

それをゆっくり剥がしていく感じがしました。

もちろん痛いことはなく、不思議な感覚でした。

「あー赤ちゃんが剥がされていく。私の体から出てくるんだ!」

 

 

午後10時23分

「ふんぎゃー、ふんぎゃー、ふんぎゃー」

赤ちゃん誕生。

 

手術だし、赤ちゃん出てきたところ見えないし、どうかなーって思ってたけど、
剥がされた感覚があって、その後すぐに泣き出した赤ちゃんの声を聞いて感涙

とっても元気な声でした。

 

 

ただ、驚いたのは赤ちゃんの大きさ。
取り出すときに先生が「大きいわ。」と仰った通り、3700gのビッグベイビー
助産師さんが体重を量って「3700gです。」と言うのに対して
「え?!」と聞き直してたドクター。(笑)
検診では、「3000gを超えたくらい。」との測定だったので、
多少の誤差があっても、こんなに大きいとは。

私は2700gで生まれ、miyukiさんは3800gで生まれているので、
パパ越えはしなかったものの、大きくなる予感です。

私自身、体重も+7kgで押さえたし、
2000g代のかわいい、ちっちゃい赤ちゃんを想像していたので
「あれ?この子私の子?」
「ほんとに私のおなかの中に入ってた?」なんて思ったりもしました(笑)

 

まあ、何はともあれ、母子ともに無事にお産が終えられてよかった。

 

帝王切開と言う、まったく頭になかったお産を終えて、
『一粒で二度おいしい』 体験をしました。
陣痛やいきみを経験できたし、その一方で赤ちゃんの誕生の瞬間を、
痛みも無く冷静に感じることが出来る。
希望してできるお産の方法ではないですからね。
いい経験をさせてもらいました。

ただ、術後大変だったことや、傷が残ることを考えると、
通常のお産が一番なのだと思います。
次の機会には通常分娩で、
赤ちゃんが出てくる瞬間の感動を味わってみたいと思っています。

 

長々と読んでくださってありがとうございました。
続編として、産後の入院生活も近々UP予定です。

どうぞお楽しみに (* ^ー゚)

 

 


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出産の記録 ~陣痛から分娩室へ~ [妊娠&出産]

第2弾。    第1弾はこちら  


ようやく『陣痛』と言うお産のスタート地点にやってきました。

 

 Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・Ж

 

9月26日(日)  

午後5時30分   

点滴投与開始
初めは少量から、30分ごとに投与量を上げていきます。
こんな何もない状態から本当に陣痛がやってくるのか半信半疑。
点滴も効かないってことはないだろうと思いつつ、
これからの怒涛の数時間を知らないまだ無垢な私とmiyukiさん。

 

午後6時

夕食。
miyukiさんも横で付き添ってくれているので、陣痛室に2膳運んでもらいました。
「分娩中に吐く人もいるからあまり食べ過ぎないように。」って言われたので、
食べる気をなくします。

「吐く」=「つわり」を思い出して、
もうあんな思いを、しかも大変な時にしたくない!と思って、
デザートについていたキウイだけを食べました。

でもそれだけじゃなくて、さすが点滴!
ランチ以上に食事に集中できない陣痛がやってきていました。
波は無く、腰の辺りがソワソワして落ち着かない
miyukiさんは夕食を完食。私はキウイ以外は手を付けられず・・・。
でもまだ「1食分損したなー。」なんて考える余裕はありました(笑)

 

午後6時30分 

助産師さんが
「ごめんねー。(投与量)上げさせてね。」と言ってやってきます。

まだこの頃は余裕で、どうぞどうぞって感じでした。
それでも確実に錠剤とは違う、やっと『陣痛』と呼べそうなものがやってきています。
間隔とか波とかは無く、生理痛の軽い感じ。
痛み止めの薬呑もうかな、どうしようかなと言うくらい。
まだ会話は出来ます。

 

午後7時 

3回目の投与量アップ
かなり落ち着きのない子になってきました(笑)
もう会話をするのはしんどくなってきて、言葉になるのは単語だけ。
と言うか命令口調?もう最後の方は喧嘩口調?

「お茶」  「もっと上」  「もっと強く」  「ちゃんとして

最小限だけ言って後は深呼吸に集中。
おなかは痛くなく、陣痛の痛みは全て腰にやってきます。
さすがに生理痛のきつい私でも体験したことのない痛み。

以前に生理痛で苦しんでいる私を見て、救急車を呼ぼうとしたmiyukiさん (笑)
そんな私の生理痛を軽く100倍は強くした痛みです。
上半身と下半身を腰から真っ二つに引きちぎられる!!
ずっとそんな感じでした。

様子を見に来た助産師さんに酸素マスクを付けられます。
もうこの頃すでに赤ちゃんの心拍は不安定だったようです。
それでも頭の中では、
「酸素マスクなんて大げさだなあ。ちゃんと呼吸してるのに・・・。」
 と
ドラマで見る重病人のようになった私を冷静に想像してました。

陣痛はひっきりなしに襲ってくるのに、逆に頭の中は真っ白できれいな状態。
あまりの痛さに思考回路がぷっつり途切れた感じでした。


 

午後7時30分

「だいぶしんどそうやね。」と言いながらさらに投与量を上げに来る助産師さん。

それもそのはず、この時の私はぶっちゃけ 「メスゴリラ」
陣痛が来ると、檻をつかんで暴れているゴリラさながら、
ベッドの取っ手をにぎって揺さぶっていました。

取っ手にはスポンジのようなものが巻かれていて、
私がつかんで揺すった後はしわくちゃになっていたそう。

miyukiさんはベッドが壊れるんじゃないかと思っていたらしいですが、
私だって同じこと心配してました!
でも、分娩台にもなるベッドだし、頑丈にできてるだろうし、
第一この陣痛を乗り切るには この方法しかないの!!

実際には乗り切ってるんじゃなくて、
時間がきたら痛みが引いていくだけ なんだけど、
取っ手をつかんで揺すってたら少しは(本当に少し!)紛れた気がします。

助産師さんが汗だくの私を気遣って、冷房を入れてくれましたが、
陣痛が来てるときはいいんだけど、引いていくと寒い!
陣痛に耐える中その温度変化がうっとおしくて、それならずっと暑い方がまし!
と思って切ってもらいました。

可哀想なのは横で付き添ってるmiyukiさん。
腰を押さえたり突っ張る足の台になったりと大忙しなのに冷房なし。
途中でシャツを脱いでタンクトップ1枚になってました。
「暑いでしょ。ごめんね。」とか
陣痛の合間に声をかけたり話ししたりしたかったんだけど、
そんなひま無し!!

山を越えたらしっかり深呼吸して赤ちゃんに酸素送って、
私の息を整えたらもう次の山。
二言三言しゃべってたら、もう痛みがやってくるので、
合間は話したいことも口にできず、自分の呼吸に集中してました。

 

妊娠中にお産の進み方、いきみ方などを予習しておいた私。

予習①
【陣痛の合間には水分補給して、眠って、次の陣痛のために体力を蓄えましょう】

意識を失うように眠る暇なんかどこにも無い!
予習の効果全く無し!!

 こんなにしんどいのに、「まだ3時間は大丈夫。」と言われていました。


 午後8時30分

助産師さんが様子を見に来てくれます。
破水したような感じがあったので伝えたけど、まだしてなかったみたい。
助産師さんが破水させました。
何か出てきた感じはしたけど、そんなに大量じゃない気がしました。

助: 「ちょっといきんでみて。」 

りんご: 「え?いいの?」 

なんて間抜けな会話をして、いきんでみる。

 

予習②
【いきみたくなるのを助産師さんがまだダメって止める。それでもいきみたくなる。】


陣痛が腰だけにくることは、“人それぞれ”と思えたけど、
お産の流れは頑なに予習通りだと思っていた私。
なんだかおかしいな、本と違うんだけど・・・。と思っていたので間抜けな会話になりました。


いきみ方はマタニティ体操で習った方法を思い出してやってみました。
うまく出来てるのかどうかもわからないでいたら、

助産師さんが内診して、

 

助: 「これははやく産まないとダメだ。」 

 

りんご: 「・・・なんで?」

 

助: 「           」

 

「なんで?」と聞く元気はあったものの、返ってきた返事を覚えてない・・・。
必死だったので。

 

子宮口は9cm大。 ほぼ10cm(全開大)近く開いてたみたいです。

 

午後9時    

陣痛の合間を待って、分娩室へ移動。

いよいよお産本番だ~。
これから何時間かかるのかな~。

                   

 

『出産の記録 ~分娩室から誕生まで~』 につづく。

 

 


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出産の記録 ~入院から陣痛がくるまで~ [妊娠&出産]

出産バトンは書いたけど、更に詳しく記憶を残しておこうと思います

いつの話し??ぐらい遠い過去のような話になりました(笑)
記憶を辿りながら書いたものの思いのほか長くなってしまったので回を追うことにしました。
時間の空いたときの暇つぶしにでもご利用ください。

 

今日はその第1弾
タイトル通り、陣痛がくるまでだから、出産の前の前の段階。

 

Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・ Ж ・・Ж・・Ж

 

始まりは入院2日前の9月22日(金)
妊婦検診の際に、予定日超過のため(予定日:9月14日)入院を言い渡され、
ここでやっと「ほんとに産むんだ」って
気持ちになると同時にちょっと恐くもなってました。
そのため、miyukiさんに
陣痛がきてからと言わず、入院から一緒にいて!」  と無理を言っちゃいます。

 

24日(日) (2日前)

午後4時

入院
すぐ病院のパジャマに着替えさせられ、産じゅくショーツ・お産パットも付け、
気持ちの準備が追いつく間もなく医療処置が始まります。
この時恐怖はピークを迎えています。
スポンジを挿入して、子宮口を広げる作業。



この日はこれで終了。

この日は一人なので小さい方の病室。結局下がることのなかったおなか。
下がったおなか写真撮りたかったのに

 

スポンジの影響か、おなかと腰のだるさが続きます。気分はまさに生理中。
これから自分がどうなっていくのか不安ではあったけど、
陣痛が始まりそうな予感もなかったので、先生に全てお任せするしかないと思ってました。
明日にはmiyukiさんが到着するので、会えることを楽しみに就寝

 

25日(月) (前日)

午前9時      

スポンジを取り出す。
これは激痛でした。挿入した時よりも痛かった。
先生が子宮の開き具合を確認してたけど、
いまいち効果がなかったんじゃないかと先生の表情から素人判断してました。

 

午前9時~    

錠剤陣痛誘発剤を飲み始めます。
1時間に1錠ずつ計6錠飲みます。時間になると看護師さんが1錠ずつ持ってきてくれ
ます。
微妙に腰の辺りがだるくなったけど、何も効果なく・・・。
しいて言えば4錠目が一番効いたかな。
ちょうどお昼に飲む頃で、昼食に集中できなかったな~。

 

午後2時20分  

おしるし♪
けっこうな量出たけど、病院なので慌てる事もなく逆にうれしかったな。
これで生まれそうなら今日の夜から、そうでもなかったら明日から
点滴の陣痛誘発剤をうつことになりました。

 

午後7時     

内診。
私はあんまり「張り」を感じないんだけど、モニターでは3,4分おきに張ってきてたようです。
おなかは少しチクチクする感じだけど、私は腰に来るタイプみたいでした。
診断は「今日は何もせず、待ちましょう。」とのこと。

 

午後10時    

先生が「気になるから」と呼び出されてモニターを30分。
錠剤の効果が切れてきたのか、張りの間隔も広くなっていました。

 

 

夕方miyukiさんが病院に到着。一緒に泊り込んでくれるので広い方のお部屋に引越し。
おなかにむかって、
「パパが来てくれたし、もう出てこようねー。」 
と話しかけてたんだけど、その夜陣痛は来ず・・・。
お部屋も広くきれいになったし、miyukiさんにも会えたしで、
すっかりリラックスしてぐっすり眠れました。

 

 

左が私のベッド。右のチェックのソファーがmiyukiさんのベッド。
長身のmiyukiさんでもゆったり寝られる大きなソファーです。

 

 

26日(火) (当日)

夜中、何も起こらず。赤ちゃんは朝から元気に動いていました。

 

午前9時     

バルーン(風船)挿入
またスポンジを入れられるのかとビクビクしていたら、今日はバルーンでした。
これも子宮口を広げる効果があるそうだけど、また抜くのが激痛なんじゃないかと、
そればかり考えていました。

 

午前9時~   

そして今日も錠剤の誘発剤を飲み始める。
点滴しなくても生まれそうかも、だからだそう。え?そうなの?(自覚なし)
今日も4錠目が効果あり。
せっかくのお
いしいランチに集中できません。でもそれ以降 は平気。
結局陣痛を起こせず6錠飲み終わりました。

 

火曜はシェフランチの日。いつもにもまして美味しそう~
食い意地のはってる私はもちろん完食

 

午後3時     

トイレへ。
何か出てきてる感じがあるものの、そんなはずないかーと力を入れた瞬間、

 

 

「スッポン!!」  と何かが出てきたーー!!

 

 

赤ちゃんをトイレに産み落としたんじゃないか(実際にお産はそんなに簡単なものじゃないけど)
と思うくらいスッポーン!とすっきり感。
確認すると、棒の先に風船が付いてる。
バルーンだ。朝のバルーンが出てきちゃった!
すぐナースコールでその旨を伝えると、
先生が看護師さんと共にすぐにやって来てくれて子宮口の確認。

 


診断は 5cm

 

子宮口が開いてきたからバルーンが出てきたのね。
助産師さんに「これからやねっ。」って言われて、
何の変化もなかった私のお産がいよいよ進みだした気がしました。
と同時にもう恐怖はなく、うれしさと楽しみで満面の笑顔になっていました。

全開大まであと半分。 

この時点で陣痛は全く無かったけど、なんだかもうすぐのような気がしてました。

 

午後5時     

子宮の開きが順調なのに、陣痛は全く無いので、
点滴の陣痛誘発剤を投与することになりました。

部屋から陣痛室のベッドに移動。
ベッドは分娩台にもなるタイプのものだったので、いよいよ感が増します。 しかも、
「自然にくる陣痛より薬を使った方が痛いらしいよ。」と助産
師さんにおどされ
更にドキドキ

結局、錠剤のお薬は私には効果が無かったみたいです。
陣痛室に移動したものの どこも痛くない
点滴の用意ができるまでmiyukiさんと談笑してます。
こんな状態で陣痛がくるなんて・・・・・

 

 

『出産の記録 ~陣痛から分娩室へ~』 につづく。

 

 


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出産バトン [妊娠&出産]

『ありきたりな主婦の日記』のかやさんにいただいた出産バトン
やっと書き終えました。
早いもので約2ヶ月前の出来事になります。

 

Q1 初のお産はいつ?何週目でお産しましたか?

2006年9月26日(火) 午後10時23分
妊娠41週5日 
予定日を12日過ぎた日でした。

Q2 お産の経過(陣痛から?破水から?)

(誘発剤による)陣痛→(助産師さんによる)破水でした。

9月24日
 
16:00    予定日超過のため入院

9月26日
  17:30    陣痛室にて、陣痛誘発剤の投与開始 
  21:00    分娩室に移動
  22:15    手術開始
  22:23    誕生

Q3 出産時間は?

母子手帳には×印されてます。
手術だと記載されないのかな・・・。

入院して処置をしてからだと、54時間30分!!
――その後丸二日陣痛は来なかったので、もう少し後からの計算にします

陣痛誘発剤の点滴を始めてから生まれるまでは5時間
途中で手術に切り替わったけど、スピード出産かな。
 

Q4 出産でイヤ!と思ったことは?

無いかな。
お産に向けての処置は全部納得してたし、痛さも受け入れられたし。
ただ、今回は全てが人工的な痛さ。イヤってことはないけど、次回があれば今度は自然の痛さも体験してみたいかな。
病院とスタッフの方々に恵まれて、イヤ!と思ったことはありませんでした。
 

Q5 出産の際、どんなお産をしましたか?

バースプランをいっぱい決めて望んだけど、帝王切開になったので自分の思い描いていたお産にはなりませんでした。

子宮口ほぼ全開大で、分娩台に乗っていきんでましたが、赤ちゃんの心拍の低下、更にはまだ下がってきていないということで、緊急に帝王切開に切り替わりました。

陣痛の間パパはずっと付き添ってくれていて、立ち会う準備もしてましたが、すぐ手術に切り替わったので結局分娩室には入らずじまいでした。
 

Q6 名前をどう決めたか?由来は?

mano”は、妊娠1ヶ月(妊娠はしているが、まだ自分で気づいてない時期)の時に思いつきました。夫婦共々お世話になった方の名前の一部を頂いたものです。誰にでも親切にできる優しい子になって欲しくて。音の響きと、あまり無い名前だということで、早いうちから決定していました。
その後、女の子だということがわかって、3文字の名前にしたいということで、かなり悩み、意見が分かれたりもしました。最終的に、意味のある名前にしたいということで、二人の意見は一致しました。

ここでは愛称しか載せてないので、説明しづらいですが、ハワイ語で【豊かな】という意味です。
「愛情豊かな、表現豊かな、豊かな人生になりますように」と願いを込めて。

 
Q7 現在子供は何人いますか?

ひとりです。
 

Q8 今後も子作りはしますか?

今のところはmanoのお世話でいっぱいいっぱいで考えられないですね。
パパとの相談カナ。
 

 Q9 出産に対して一言

とても大変な数時間を過ごしたけど、manoが生まれる数分間はとても素敵な、一生忘れることのない時間になりました。

出産は何が起こるかわからない大変な作業で、妊娠中はちょっとビビッてたところもあったけど、終えた今はそんなに恐いものじゃないし、また経験してもいいかな~って感じです。

よーく知ってるけど、まだ会ったことはない人に初めて会えた日。
自分が母親になった日。
miyukiさんを父親にさせてあげられた日。
そしてmanoががんばってこの世界に出てきた日。

素敵な日です。


Q10バトンをまわしたい人(出産経験者限定)

私と同じ産院で2人目を半年前に出産した
Stories of Poco a Pocoのmami。
毎日忙しいだろうけど、思い出して書いてみてね。

7月末に2人目を出産した
☆Happy mama's life!☆のみれままさん。
名前の由来など、安産だった経緯教えてください。

My Favorite Lifeのsatsukiさん。
私とはまた違う体験を教えてください。

たまに書く日記のminminさん。
素敵なご報告お待ちしています。


 


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入院生活3日目 [妊娠&出産]

まだかまだかと連絡を頂いてますが、まだです

そんなに居心地いいようにした覚えはないんですが、

ポッポはまだのんきにおなかの中でキックしたりパンチしたりしてくつろいでいるようです

 

 

病室も広くてきれいで私も快適にくつろいでます

 

 

昨日から陣痛を誘発させる薬を飲み始めましたが、効果なく

昨日の夜もぐっすりと眠れました

 

今日からは点滴の誘発剤になると思ってたんですが、今日もお薬で様子見です

 

以前に参加したパパママ教室で助産師のおばあちゃんに教わったこと。

 

 

「陣痛は赤ちゃんからの信号」

  始まりは赤ちゃんの脳からで、その信号が臍の緒、胎盤と伝わり、

  私の脳に伝わって、陣痛が起こるのだとか・・・。

 

 

そんなことを聞いていたので、ほんとはポッポが信号を送ってくるまで待ってあげたかった。

薬の効き方にも個人差があるとは思うけど、

「まだ出たくないっ」

って言うポッポからの信号に思えてしまします(笑)

 

 

「ポッポ、みんな待ってるよ。いつになったら出てきてくれるの?

胎盤が弱まってしんどくなる前には出てこようね。」

 

 

 

 

11m 5d  41週

 

 

 


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これから入院します! [妊娠&出産]

とうとうというか、予想通りというか、

陣痛もおしるしも破水も何の兆候もなく、これから入院です

ほんとに生まれてくるのか??って感じです。

 

いつ来るかと思えた「その日」がようやくやってきます。

(正確にはやってこさす、か?)

きっと今日は様子見だと思うので、月~木の間には生まれるのかなぁ。

もうすぐ待ちに待ったご対面です

 

 

それでは行ってきまーす☆

 

 

 

 

11m 3d  41週

妊娠当時より  『+7.0kg』

 

 

 


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妊娠41週 入院 [妊娠&出産]

昨日は検診日でした。

予定日を8日過ぎましたが、相変わらずポッポの胎動は激しく、

モニターを見た看護士さんはすかさず 「元気やねー。」 と笑顔で一言。

4Dでポッポにも会え、推定体重3109g

ママの体重の増加に対して同じ様に増えてなくてよかった。

 

 

そしてそして、24日に入院することになりました

予定日から2週間過ぎの28日に向けて出産の準備をしていきます。

いわゆる計画出産。とはちょっと違う、期限切れ出産??

出てこないんなら、こっちから出してやるって感じです。

 

もう少し待ってあげたいんだけど、薬の効き目にも個人差があるし、

いきなり薬使うみたいじゃないし、先生の指示に従うことにしました。

どー考えても24日の入院までに出て来そうにないんだけどなぁ・・・。

 

ポッポは入院前に生まれてくるのでしょうか?

それとも薬でおとなしく生まれてくるのでしょうか?

それとも薬に対抗して、自分の生まれたい日に生まれてくるのでしょうか?

 

 

11m 2d  41週

妊娠当時より  『+6.6kg

 

 

 

 


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予定日から5日経過 [妊娠&出産]

予想通り、普通に検診して帰ってきました

というか、今日は検診すらなく、モニター内診のみでした。

ポッポの心音と、胎動の音を30分聞いてきました

4Dも無かったので、ポッポちゃんに会う事が出来ず、ガッカリ

 

 

でもいいこともありました!

通常検診は4500円。それにモニターが加わると6000円

おなかに居て欲しい反面、検診代がかさんでいく~と思ってたんですが、

今日はモニター代だけなので1500円  で済みました

これならあと2回くらいはママ払えるよ(笑)

 

 

 

~・*・~・*・~♪~・*・~・*・~♪~・*・~・*・~♪~・*・~・*・~♪~・*・~・*・~

 

次回は3日後の金曜日の予約です。

 

 

予定日より2週間を過ぎると、胎盤の機能が弱まり、

赤ちゃんに十分な酸素や栄養がいかなくなって、

赤ちゃんの元気がなくなるそうです!!

 

 

 そのため、予定日後はこまめにモニターして、赤ちゃんが元気かどうかをチェックします。

今日もポッポは元気でした   が、

「2週間は越えないほうがいい」 と言われているので、9月28日が期限になりました。

それまでに兆候なしだと、陣痛誘発剤などのお薬を使うか、

帝王切開ってことになるかもしれません。

 

 

実は私、予定日より10日遅れて生まれてきたんです。

だから、ポッポのことも10日過ぎ、9月24日までは自然に待ってやりたいなぁって思ってます。

ママより大物だと10日以上のんびりするかもしれませんが・・・

ママの体はなんともないので、居てもらってもいいんだけどね。

これからじかに接していく長さを考えたら、

ギリギリまでママの体の一部として繋ぎとめておきたい心境です。

 

 

 

 

11m 5d  40週

妊娠当時より  『+6.6kg』

 

 

 


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臨月・おなかの変化 [妊娠&出産]

予定日1日過ぎの検診に行ってきました。

ポッポの体重は3067g

今日もNSTをして、今回は前回と違ってひっきりなしに動いていました

  
 ↑真ん中の黒い四角がポッポの動いた時

 


前回時

 

 

 

 

 

診察の結果、 「少し開いてきてる」 とは言われましたが、

先生の言い方の感じと、何センチか言われなかったことから、

 

 

まだまだ

 

 

なんじゃないかと思います・・・

 

 

次は4日後の19日に検診に行きます。

普通に検診してそうな気がするなぁ・・・(笑)

 

 

 ~・~ ~・~~・~~・~ ~・~~・~~・~ ~・~~・~~・~ ~・~~・~

 

 

妊娠10ヶ月に入って、1週ごとのおなかの変化です

ひそかに毎週写真撮ってました

臨月に入って、そんなに変わってないだろうと思ってたのですが・・・

 

 

比べてみると変わってました!!その変化をご覧下さい↓↓↓

 36週

 37週

 38週

 39週

 

成長してみたり、飛び出てみたりしてますねー

どうりで、里帰りした時に着れてた服が着れなくなるはずです

 

 

手の甲に血管が浮いてますが、これは大きなおなかを手で支えているから・・・ではありません!!

手は添えてるだけです。

妊娠後期になって、スーパーサイヤ人に手と足の甲に血管が浮いてきました。

出産したら元に戻るのかな?男の人みたいでちょっと恥ずかしい。。。

 

 

 

10m 1d  40週

妊娠当時より  『+6.8kg』

 

 


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